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東京地方裁判所 昭和52年(行ウ)324号 判決

原告 高達倉庫有限会社

被告 国税不服審判所長 ほか一名

代理人 金沢正公 古俣与喜男 ほか四名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一  請求原因一は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件課税処分の適否について検討する。

請求原因二1は当事者間に争いがないので、まず、原告主張の本件更正処分についての違法事由につき判断する。

1  違法事由(一)について

法人税法二二条二項は、「有償による資産の譲渡に係る収益」を法人所得の計算上益金に算入すべきものと定めているが、これは、資産の譲渡によつて当該資産が法人の所有を離れる際に、当該資産の未計上の利益の利益(その中核は取得から譲渡までの間の値上益である。)を含む現在の資産価値が譲渡対価の形で顕在化するので、この顕在化した資産価値を法人の収益として把握することとしたものである。この理由からすれば、右の「有償による資産の譲渡」とは、対価を得て資産を移転させる一切の行為をいうものであつて、私法上の契約による任意の有償譲渡だけに限らず、強制的な譲渡の対価として補償金が支払われる収用を含むことは明らかであり、更に、土地の収用に伴つて消滅する地上物件の対価として補償金が支払われる場合もまた、形式的には「資産の譲渡」ではないが実質的見地からこれに当たると解するのが相当である。これら収用の場合において、対価たる補償金が公共事業のために被収用者の意によらずに生じた財産上の損失を回復するためのものであるという点を強調すれば、右補償金が支払われても当該資産を引き続き保有している場合より不利益な取扱いを受けるべきいわれはないともいえるが、他方、資産を手離して対価としての補償金を得る行為自体は、これによつて当該資産の有している資産価値が顕在化する点で、私人間の取引による有償譲渡と全く同一の経済的効果を持つということができるのであり、資産の譲渡益に対する課税がその取得から譲渡までの間における右資産価値の増加に着目してなされるものであることからすれば、収用の場合に当該資産の現在の資産価値をあらわす補償金を収益として計上し取得時からの増加益に対して課税をすることは、他の場合との課税の公平上からも当然であるといわなければならない(原告が、譲渡時における客観的資産価値とその対価として支払われた金額との差額が譲渡益課税の対象であるかのように理解しているのは正当でない。)。

したがつて、本件土地、建物の対価として支払われる補償金は原告の益金に算入すべきものである。また、本件の貸付料減収に対する補償金は、右建物の貸付によつて得られるべき収益に対応するものであるから、それが原告の益金に含まれるべきであることはいうまでもない。

原告は、収用による補償金に課税することは憲法二九条三項の保障する正当な補償を侵害し違憲であると主張する。しかしながら、右正当な補償として支払われた補償金を課税上どのように取り扱うかは、憲法八四条によつて法律に委ねられた課税要件の定めに関する立法政策の問題であつて、補償金に対する課税の結果被収用者が従前と同程度の資産を取得することが困難になるという不利益を受けるとしても、直ちに正当補償を侵害したとして違憲の問題を生ずるものではないというべきである。原告の主張は採用することができない。

2  違法事由(二)について

法人税の所得金額を算定するに当たり益金及び損金を計上すべき時期を決定するについては、企業会計上の原則にかんがみ、原則としていわゆる権利確定主義によるべきものである。

ところで、土地収用裁決(権利取得裁決及び明渡裁決)が行われると、起業者は、裁決で定められた権利取得の時期までに土地又は土地に関する所有権以外の権利に対する補償金を払い渡し、また、裁決で定められた明渡しの期限までにその他の補償金を払い渡す義務を負う反面、右権利取得の時期において起業者が当該土地の所有権を取得し、当該土地に関するその他の権利等が消滅するとともに、当該土地又は当該土地にある物件を占有している者は、右明渡しの期限までに起業者に土地若しくは物件を引き渡し又は物件を移転する義務を負うこととなる(土地収用法九五条、九七条、一〇一条、一〇条)。そうすると、被収用者は、土地又は土地に関する所有権以外の権利に対する補償金については裁決で定められた権利取得の時期に、また、その他の補償金については裁決で定められた明渡しの期限に、それぞれ法律上その権利を行使することができるに至るものというべきであるから、その時点において収入すべき権利が確定したものとしてこれをその年度の益金に計上すべきである。この場合において、被収用者が収用裁決を争いこれに対して取消訴訟を提起しているとしても、それによつて当該収用裁決の効果に変動が生ずるものではなく、また、被収用者が裁決に係る補償金についての権利を行使したからといつて法律上収用裁決に対する取消訴訟を追行することができなくなるわけでもないから、補償金の収益計上時期に関して右に述べた理にはなんらの変わりもなく、もし将来、右訴訟において収用裁決を取り消す旨の判決が確定したときは、その時点において更正の請求(国税通則法二三条二項)の方法により課税を是正すれば足りるのである。

したがつて、本件収用裁決において定められた権利取得の時期が昭和四八年一〇月一三日であり、明渡しの期限が同年一一月一三日であることについて当事者間に争いのない本件においては、原告が右収用裁決に対して取消訴訟を提起しそれが現に係属中であるとしても、土地に対する補償金については昭和四八年一〇月一三日に、その他の補償金については同年一一月一三日にそれぞれの収入すべき権利が確定したものとしてこれをすべて本件事業年度の益金に計上すべきものというべきである。原告の主張は採用することができない。

3  違法事由(三)について

前記2で説示したとおり、本件補償金は、本件収用裁決で定められた権利取得の時期又は明渡しの期限に収入すべき権利が確定しているものであり、このことは、原告が右補償金の受領を拒んだためこれが供託されている場合においても変わりはないから、原告の主張は失当である。

4  違法事由(四)について

租税特別措置法六五条の二の定める特別控除の趣旨のひとつは、公共事業用資産の取得の円滑化を図り当該事業の予定する公共目的の早期達成を可能にすることを目的として、右資産の早期譲渡に協力した者に対し特別にその税負担を軽減しようとすることにあると解される。そして、同条三項がこの特別控除の適用を受けるための要件として、公共事業施行者から当該資産につき最初に買取り等の申出のあつた日から六月を経過した日までに当該資産の譲渡が行われることを要求しているのも、右特別控除の趣旨からくる制約ということができる。原告は、同項の右制約が憲法一四条及び二九条三項に違反する旨主張するけれども、前記特別控除の趣旨に照らせば右六月の期間制限を設けたことが不合理な差別といえないことは明らかであるし、また、収用の補償金に対して課税することが憲法二九条三項違反の問題を生じないことは前記のとおりであるから、右主張は採用することができない。

そこで、本件についてみるに、<証拠略>によれば、原告は昭和四七年四月一〇日に公共事業施行者から最初に本件土地、建物の買取りの申出を受けたことが認められ、本件収用裁決が右最初に買取りの申出のあつた日から六月を経過した日の後である昭和四八年一〇月六日に行われたことは当事者間に争いがない。そうすると、本件においては、租税特別措置法六五条の二第三項の定める要件を欠くことになるから、二〇〇〇万円の特別控除を適用する余地はない。

5  違法事由(五)について

<証拠略>によれば、原告の代表取締役丸山幸輔は、昭和四九年五月二七日被告署長の所部係官に対して、本件収用裁決を受け代執行により本件建物は除去されたが、本件収用裁決に不服があつたのでその取消しを求めて訴えを提起するとともに右建物の現状回復を求める訴訟も係属中であるから、本件補償金を収益として会計処理することは差し控えたいと説明したうえで、右建物についてとるべき会計処理の方法及び本件補償金を収益として計上しなかつた場合に生ずる課税上の問題点について質問をしたところ、前記係官は、当初、本件補償金も課税の対象となるべきものであると説明したものの、右丸山が納得しなかつたため、財務諸表の作成等の会計処理は最終的には原告の判断に基づいて行われるべきものであると考え、丸山の意向を尊重して、建物については、現存しないのであるから建物勘定を残しておくことは誤りであるが、現状回復を求めている経過に徴して仮勘定として計上すればよく、また、補償金については、原告があくまで収益と認めないのであればそのように処理をするほかないが、訴訟中であつても本件補償金は収益に計上すべきものであるから、被告署長としては、将来原告の会計処理の誤りを正して更正処分を行うことになろうという趣旨の回答をしたことが認められ、これを左右するに足る証拠はない。

この事実によれば、被告署長の所部係官は、本件補償金が課税の対象にはならないと回答したわけではなく、かえつて、収益として計上、申告すべきものであることを明らかにしたうえで、具体的な経理処理や申告をどうするかについては強く自己の見解を押しつけることをせず、原告の判断に任かせたにすぎないものというべきであるから、原告の主張は認めることができない。

右の次第で、本件更正処分の所得の認定に原告主張の誤りがない以上、これを前提とした本件過少申告加算税賦課決定の税額の認定にも誤りはない。原告は、本件については国税通則法六五条二項の定める「正当な理由」があるから右賦課決定は違法であると主張するが、本件補償金が収益にならないとする原告の見解が独自のものであることは前記のとおりであり、また、右補償金を収益として申告したからといつて本件収用裁決の適法性を自認したことになるものでないことも明らかである。要するに、本件の場合は、原告が本件収用裁決に不服があつたため専ら自己の個人的な法的見解に従つて本件補償金を所得として申告しなかつたにすぎないというに帰するのであるから、「正当な理由」の存在を肯定することはできない。原告の右主張は失当である。

以上のとおりであるから、本件課税処分に原告主張の違法を認めることはできない。

三  次に、本件裁決の適否について検討する。

請求原因三1の事実及び本件審査請求の理由(3)(収用の場合の所得の特別控除の点)及び(4)(補償金相当額の資産を失つたのであるから利益は生じていないとの点)の二点に対して本件裁決の判断が示されていないことについては、当事者間に争いがない。

そこで、原告が右(3)及び(4)の主張を撤回したか否かについて判断する。

<証拠略>原告代表者本人尋問の結果(一部)を総合すると、被告所長の所部係官は、本件審査請求の理由のうち(1)及び(2)が、本件収用裁決を係争中であることを理由として本件補償金による収益の発生そのものを争う趣旨であるのに対し、(3)及び(4)は、本件補償金による収益が課税の対象となることを前提としている趣旨に解されたので、両者は矛盾しているのではないかとの疑問を抱き、その点を明らかにするため、昭和五〇年一〇月一五日原告の事務所に赴き、本件審査請求についての原告の代理人であつた税理士山田数憙立会のもとに原告代表者丸山幸輔に対して質問し説明を求めたところ、右丸山が(3)及び(4)の二点を取り下げ審査請求の理由から除外するとの意向を示したので、担当係官がその旨の質問調書<証拠略>を作成して丸山の署名押印を求めたのに対し、丸山はその記載内容を了知しながら山田税理士と相談したうえで自ら右質問調書に署名押印したことが認められ、これに反する原告代表者本人尋問の結果は採用することができない。

そうすると、原告は、本件審査請求の理由のうち右(3)及び(4)の二点についてはこれを撤回したものというべきである。

原告は、右撤回は担当係官の誤導によるものであると主張するが、右(3)及び(4)の審査請求理由が予備的又は仮定的主張としては他の主張と両立しうるにかかわらず担当係官が撤回を慫慂した事実があるとしても、そのことの当否はともかく、原告代表者が前記のとおり税理士とも相談のうえで撤回に応ずることを決定していることからすれば、右撤回が担当係官の誤導によつたものということは当をえず、もとより撤回が無効となるものではない。

してみると、被告所長が右(3)及び(4)の二点に対し判断を示さなかつたことをもつて本件裁決に判断遺脱の違法があるということはできない。

四  よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤繁 川崎和夫 菊池洋一)

別紙物件目録 <略>

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